スマートフォンの充電を繰り返していたモバイルバッテリーが突然膨らみ、押し入れから取り出すと明らかに変形していた——。そんな経験をした人は少なくありません。実際、製品評価技術基盤機構(NITE)には、モバイルバッテリーに関連する事故の報告が毎年寄せられています。そして2026年、バッファローが「燃えにくい」とうたう新型のモバイルバッテリーを発表しました。従来の製品と何が違うのか。そもそも、なぜモバイルバッテリーは燃えるのか。その理由を探ると、私たちが当たり前のように使っている「小さな電池」に、意外なリスクが潜んでいることが見えてきます。
モバイルバッテリーが燃える「本当の原因」
モバイルバッテリーの多くには、リチウムイオン電池が使われています。リチウムイオン電池は、小さく軽いのに大量の電力を蓄えられる優れた技術です。スマートフォン、ノートパソコン、電動工具まで、現代の携帯機器に欠かせない存在となっています。
ところが、この「大量のエネルギーを小さく閉じ込める」という特性こそが、発火リスクの根本にあります。リチウムイオン電池の内部には、プラス極とマイナス極があり、その間を電解質という物質が満たしています。この電解質が、電気を通すための通り道になっているのですが、従来の多くの製品では「液体」の電解質が使われてきました。
液体電解質は、有機溶媒という燃えやすい物質でできています。つまり、電池の中に可燃性の液体が入っている状態です。通常の使用では問題ありませんが、何らかの原因で電池内部に異常が起きると、この液体が発火の原因になります。
「異常」はどんなときに起きるのか
では、電池内部の異常とは具体的にどんな状況でしょうか。NITEが注意喚起しているのは、強い衝撃、高温環境、異常や劣化のある製品の使用といった要因です。
強い衝撃とは、落下や圧迫を指します。バッグの中で重い荷物に押しつぶされたり、ポケットに入れたまま座り込んだりすると、電池内部の構造が損傷する可能性があります。プラス極とマイナス極の間には薄い絶縁シートが挟まれていますが、これが破れると両極が接触し、内部でショートが起こります。すると急激に発熱し、液体電解質が気化して膨張。さらに温度が上がると発火につながります。
高温環境も見逃せません。真夏の車内は60度を超えることがあります。電池は温度が上がると化学反応が活発になり、内部で異常な発熱が始まることがあります。これを「熱暴走」と呼びます。一度始まると連鎖的に反応が進み、制御できなくなる場合があるのです。
劣化も重要な要因です。充電と放電を繰り返すうちに、電池内部では少しずつ変化が起きています。電解質が分解したり、電極の表面に不純物が溜まったりします。見た目には分からなくても、内部では確実に老朽化が進んでいます。
新型バッテリーは何を変えたのか
バッファローが2026年に発表した新型モバイルバッテリーは、この「液体電解質」を変更しました。採用されたのは「半固体電解質」という技術です。
半固体電解質とは、文字通り液体と固体の中間の性質を持つ物質です。ゲル状と表現されることもあります。従来の液体電解質と比べて流動性が低く、万が一内部で異常が起きても、液体のように一気に気化したり、広範囲に広がったりしにくい構造になっています。
メーカーは、この構造により「発火・発煙リスクを構造的に抑える」ことができるとしています。「構造的に」という表現に注目してください。これは単なる安全装置の追加ではなく、電池そのものの仕組みを根本から変えたことを意味します。
もちろん、これで「絶対に燃えない」わけではありません。どんな技術にも限界はあり、使い方や環境次第ではリスクはゼロにはなりません。しかし、従来の液体電解質を使う方式と比較すれば、発火に至るまでのハードルが構造的に高くなっているのは事実です。
なぜ今まで「燃えにくい電池」は普及しなかったのか
ここで一つの疑問が浮かびます。半固体電解質のような技術が以前からあったのなら、なぜ今まで広く使われてこなかったのでしょうか。
理由の一つは、技術的な難しさです。電解質を固体化すると、イオンの移動が制限され、電池の性能が落ちる傾向がありました。充電速度が遅くなったり、取り出せる電力が減ったりすると、製品としての魅力が失われます。消費者は安全性だけでなく、性能や利便性も求めるからです。
もう一つの理由は、コストです。新しい技術を実用化するには、材料の開発、製造ラインの構築、品質管理の確立といった多くの投資が必要です。従来の液体電解質は製造技術が確立されており、大量生産によってコストが下がっています。新しい方式に切り替えるには、それを上回るメリットや需要が必要でした。
しかし、状況は変わりつつあります。リチウムイオン電池を使う製品が増え、それに伴って事故の報告も増えました。消費者の安全意識も高まり、「より安全な製品」を求める声が大きくなっています。技術の進歩により、半固体電解質でも実用的な性能を確保できるようになってきたことも後押ししています。
実際の使用場面で気をつけるべきこと
新型のモバイルバッテリーが登場したとはいえ、私たちが今手にしている製品の多くは、まだ従来の液体電解質を使ったものです。では、日常生活でどんな点に注意すればよいのでしょうか。
まず、強い衝撃を避けることです。バッグの底に無造作に放り込んで、その上に重い物を載せるのは避けたほうがよいでしょう。特に、金属製の鍵や硬いペンケースなどと一緒にすると、局所的に強い力がかかる可能性があります。
高温環境に放置しないことも重要です。夏場の車内はもちろん、直射日光の当たる窓際や、暖房器具の近くも避けるべき場所です。充電中は発熱するため、布団や枕の下、クッションの間など、熱がこもりやすい場所で充電するのも危険です。
劣化のサインを見逃さないことも大切です。本体が膨らんでいる、充電の減りが異常に早い、触ると普段より熱いといった症状は、内部で異常が起きている可能性があります。そのまま使い続けるのではなく、使用を中止して適切に処分することが推奨されます。
また、購入時にも注意が必要です。極端に安価な製品や、メーカー名や安全認証マークがはっきりしない製品は、安全基準を満たしていない可能性があります。信頼できるメーカーの製品を選び、正規の販売ルートで購入することが基本です。
「燃えにくい」が当たり前になる日は来るのか
半固体電解質を採用した新型モバイルバッテリーの登場は、一つの転換点かもしれません。しかし、これがすぐに業界標準になるかどうかは、まだ分かりません。
普及のカギを握るのは、性能とコストのバランスです。どれだけ安全でも、充電容量が少なかったり、価格が高すぎたりすれば、消費者は選びません。逆に、従来品と同等かそれ以上の性能を、手の届く価格で提供できれば、市場は動きます。
競合他社の動向も影響します。大手メーカーが次々と同様の技術を採用すれば、業界全体のスタンダードになる可能性があります。一方で、別のアプローチで安全性を高める技術が登場する可能性もあります。全固体電池、つまり電解質を完全に固体化した電池の開発も進んでおり、こちらがより安全な次世代技術として注目されています。
規制や基準の変化も見逃せません。安全性に関する基準が厳しくなれば、メーカーは対応を迫られます。逆に、明確な基準がなければ、コストのかかる新技術への移行は進みにくいでしょう。
消費者の選択も重要です。私たちが「少し高くても安全な製品を選ぶ」という行動を取れば、市場はそちらに動きます。安さだけを追求すれば、安全性よりコスト削減が優先される製品が残り続けます。
発火リスクとどう向き合うか
モバイルバッテリーの発火リスクは、リチウムイオン電池という技術そのものに内在する課題です。大量のエネルギーを小さく詰め込むという利便性と、そこに伴うリスクは表裏一体の関係にあります。
新しい技術が登場し、そのリスクを「構造的に抑える」アプローチが示されたことは意義があります。しかし、技術だけで全てが解決するわけではありません。正しい使い方、適切な管理、劣化した製品の早期発見と処分といった、使う側の意識も欠かせません。
特定のメーカーや従来型の製品が一律に危険なわけではありません。適切に設計され、正しく使われている製品であれば、事故のリスクは低く抑えられます。一方で、どんな製品でも、乱暴に扱ったり、劣化を放置したりすれば、リスクは高まります。
大切なのは、リスクの存在を知り、それを適切に管理することです。「燃える可能性がある」という事実を過度に恐れる必要はありませんが、無視してよいわけでもありません。新しい技術の登場は、私たちがそのリスクとどう向き合うかを改めて考える機会を与えてくれます。
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まとめ
モバイルバッテリーが燃える根本的な理由は、リチウムイオン電池に使われる液体電解質が可燃性であることにあります。衝撃や高温、劣化によって内部で異常が起きると、この液体が発火の原因になります。バッファローの新型製品は半固体電解質を採用し、構造的にリスクを抑える方向に踏み出しました。しかし、技術だけでなく、正しい使い方や劣化製品の見極めといった私たち自身の意識も重要です。今後、より安全な電池技術が普及するかどうかは、性能、コスト、そして消費者の選択にかかっています。
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