日本の海にレアアースがあるのに、なぜ掘らない?ホルムズ海峡のニュースで気になったこと

2025年1月、ホルムズ海峡をめぐる緊張が再びニュースで取り上げられました。中東情勢が不安定になるたび、日本は資源の輸入ルートを心配しなければなりません。ところが、日本の南鳥島周辺の海底には、中国が世界シェアの大半を握るレアアースが大量に眠っていることが数年前から分かっています。それも、中国の鉱床の数十倍という高濃度で。なのに、なぜ日本はそれを掘らないのでしょうか。資源がないから輸入に頼ると言いながら、目の前にある資源には手をつけない。この矛盾が、ホルムズ海峡のニュースを見るたびに頭をよぎります。

南鳥島周辺に眠る「宝の山」の正体

2012年、東京大学の研究チームが太平洋の海底で、高濃度のレアアースを含む泥を発見しました。場所は日本の最東端、南鳥島の南方約250キロメートルの海底です。レアアースとは、ハイブリッド車のモーター、スマートフォン、風力発電機など、現代社会に不可欠な17種類の希土類元素の総称。特にネオジムやジスプロシウムといった元素は、強力な磁石を作るために欠かせません。

この海底の泥には、レアアースが最大で約6600ppm、平均でも約2000ppm含まれています。中国南部の鉱床が平均400ppm程度ですから、濃度は5倍以上。しかも推定埋蔵量は1600万トン超。日本の年間レアアース消費量の数百年分に相当する量が、日本の排他的経済水域内に存在しているのです。

さらに重要なのは、中国の鉱床には放射性物質のトリウムやウランが混ざっているのに対し、南鳥島周辺の泥にはそれがほとんど含まれていない点です。環境への負荷が少なく、精製コストも抑えられる可能性がある。まさに「理想的な資源」と言えるでしょう。

それでも掘らない理由は「深さ」だけではない

最初に思いつく理由は、やはり海底の深さです。南鳥島周辺のレアアース泥は、水深5500メートルから6000メートルの深海底に堆積しています。この深さは、光がまったく届かない暗黒の世界。水圧は地上の約600倍にも達します。

しかし深海からの採掘自体は、技術的に不可能ではありません。実際、石油や天然ガスは水深3000メートル級の海底からすでに採掘されています。日本の海洋研究開発機構(JAMSTEC)も、深海6500メートルまで潜れる有人潜水調査船「しんかい6500」を運用しており、深海での作業技術は蓄積されています。

では、なぜ石油や天然ガスは深海から採れるのに、レアアース泥は掘らないのか。ここに見逃せない違いがあります。石油や天然ガスは、パイプを一本差し込めば自然に、あるいはポンプで吸い上げることができます。ところが海底の泥は、広範囲にわたって海底面をさらい取らなければなりません。つまり「掘る」というより「吸い取る」「かき集める」作業になるのです。

採算が合わない本当の理由

経済産業省と日本の海洋開発企業が試算したところ、南鳥島周辺のレアアース泥を商業ベースで採掘するには、1トンあたり数万円以上のコストがかかると見られています。一方、中国から輸入する場合、レアアース酸化物の価格は種類によって変動しますが、安いもので1キログラムあたり数千円、高いものでも数万円程度です。

ここで計算してみましょう。海底泥1トン(1000キログラム)にレアアースが2000ppm含まれているとすると、取り出せるレアアースは2キログラムです。この2キログラムを得るために、1トンの泥を5500メートルの海底から引き上げ、船上または陸上で処理しなければなりません。採掘船の建造費、運航費、人件費、泥からレアアースを分離する精製コスト、南鳥島までの輸送費——すべてを積み上げると、中国から買ったほうが圧倒的に安いという結論になってしまうのです。

しかも、中国は国家戦略としてレアアース産業を育成してきました。採掘から精製まで一貫した設備があり、大量生産によるスケールメリットも効いています。環境規制のコストを抑えてきた過去もあり、価格競争では太刀打ちできません。

中国依存のリスクと2010年の「事件」

それでも「国産資源なら安全保障になる」という意見は根強くあります。実際、日本がレアアースの中国依存を痛感する出来事がありました。2010年9月、尖閣諸島沖で海上保安庁の巡視船と中国漁船が衝突する事件が発生。その直後、中国から日本へのレアアース輸出が事実上ストップしたのです。

当時、日本のレアアース輸入の約9割を中国に依存していました。突然の供給停止に、ハイブリッド車や電子部品のメーカーは大混乱。代替調達先を探し、レアアースを使わない技術開発を急ぎ、リサイクル技術にも投資しました。結果として、日本のレアアース消費量は2010年の約3万トンから2020年には約1.5万トンへとほぼ半減。中国依存度も6割程度まで下がりました。

この経験は、レアアースの「戦略物資」としての側面を浮き彫りにしました。では、国産化すれば安心なのでしょうか。ここにもう一つ、見逃せない問題があります。

掘るだけでは終わらない「精製」という壁

仮に南鳥島の海底から泥を引き上げたとしても、それはまだスタート地点に過ぎません。泥の中からレアアースを取り出し、17種類の元素それぞれに分離し、工業製品に使える純度まで精製する必要があります。この工程が、実はレアアース産業の核心です。

レアアースは化学的性質が非常に似ているため、分離が極めて困難です。大量の酸やアルカリを使い、何段階もの化学処理を繰り返さなければなりません。この過程で大量の廃液や廃棄物が発生します。中国が世界のレアアース精製を独占できたのは、この環境負荷の高い工程を国内で引き受けてきたからでもあります。

日本国内で精製工場を建設するとなれば、厳しい環境基準をクリアしなければなりません。廃液処理設備、排ガス処理設備、廃棄物の管理施設——すべてに莫大なコストがかかります。しかも工場の建設候補地を探すのも容易ではないでしょう。レアアース精製工場の誘致を歓迎する自治体は、おそらくほとんどありません。

つまり、海底から泥を掘ることと、それを使える資源にすることは、まったく別の課題なのです。採掘技術だけでなく、精製技術とその社会的受容性も同時に解決しなければ、国産化は実現しません。

それでも研究が続く理由

こうした困難があるにもかかわらず、日本政府と研究機関は南鳥島レアアース泥の開発を諦めていません。2022年には、海洋研究開発機構と民間企業が共同で、実際に海底から泥を採取する実証試験を実施しました。水中ポンプで海底の泥を吸い上げ、船上まで運ぶ技術の検証です。

この試験では、1日あたり数十トンの泥を採取することに成功しました。技術的には可能だという証明です。ただし、商業化にはこれを数百倍から数千倍の規模に拡大し、コストを劇的に下げる必要があります。

なぜそこまでして開発を続けるのか。一つは、レアアース価格が将来的に高騰する可能性です。世界的な脱炭素化の流れで、電気自動車や風力発電の需要は急増しています。それに伴い、レアアースの需要も2030年には現在の2倍以上になると予測されています。需要が供給を上回れば、価格は跳ね上がるでしょう。その時、南鳥島の資源が経済的に見合う可能性が出てきます。

もう一つは、技術開発そのものが資産になることです。深海底からの資源採取技術は、世界でもまだ確立されていません。日本がこの技術を実用化できれば、他国の深海資源開発にも技術輸出できる可能性があります。つまり、レアアースそのものよりも、採掘技術が将来の輸出産業になり得るのです。

私たちの生活とどうつながるのか

ここまで読んで、「結局、掘らないなら関係ない話では?」と思うかもしれません。しかし、この問題は私たちの日常に確実に影響しています。

まず、スマートフォンの価格です。レアアースは、スマートフォンのスピーカー、振動モーター、カメラの手ぶれ補正機構などに使われています。レアアース価格が上がれば、スマートフォンの製造コストも上がり、最終的には販売価格に反映されます。2011年のレアアース価格高騰時には、実際に一部の電子機器が値上がりしました。

次に、脱炭素社会への移行スピードです。電気自動車のモーターには、ネオジム磁石が不可欠です。レアアースの安定供給がなければ、電気自動車の普及は遅れ、ガソリン車からの転換も停滞します。結果として、日本の温室効果ガス削減目標の達成が難しくなります。

さらに、産業競争力の問題もあります。日本のモーターやハイブリッド技術は世界トップレベルですが、その基盤にはレアアースがあります。もし供給が不安定になれば、日本企業は生産拠点を他国に移さざるを得なくなり、国内の雇用や技術基盤が失われる恐れがあります。

今後の展望と見逃せない動き

では、南鳥島のレアアース泥は、いつ実用化されるのでしょうか。政府は2020年代後半の商業化を目指すとしていますが、現時点では楽観できない状況です。コスト削減の目処が立っていないからです。

ただし、国際情勢の変化が追い風になる可能性があります。2023年、中国は半導体材料に使われるガリウムとゲルマニウムの輸出規制を強化しました。今後、レアアースも同様の規制対象になる可能性は否定できません。そうなれば、多少コストがかかっても国産化する価値が生まれます。

また、技術革新も期待されています。例えば、海底での選別技術です。現在は泥をすべて引き上げてから処理しますが、海底でレアアース濃度の高い部分だけを選別して採取できれば、輸送コストを大幅に削減できます。自律型の海中ロボットやAI技術を組み合わせた研究が進んでいます。

精製技術でも進展があります。従来より環境負荷の少ない分離法や、廃棄物を減らす新しいプロセスの研究が続いています。これらが実用化されれば、国内での精製工場建設のハードルが下がります。

さらに注目すべきは、レアアースを使わない代替技術の開発です。日本企業の中には、レアアースフリーのモーターや、レアアース使用量を大幅に減らした磁石を開発しているところもあります。こうした技術が普及すれば、レアアース需要そのものが減り、中国依存のリスクも自然に下がります。

まとめ

日本が南鳥島のレアアース泥を掘らない理由は、「深すぎるから」ではなく、「掘るコストと精製コストが輸入価格に見合わないから」です。技術的には可能でも、経済的に成り立たなければ実用化はできません。それでも研究が続くのは、将来の価格高騰や供給途絶のリスクに備えるため、そして採掘技術そのものが将来の資産になるからです。ホルムズ海峡のニュースを見るたびに感じる資源の不安は、目の前の海にある資源すら簡単には使えないという現実を、改めて突きつけています。今後は技術革新と国際情勢の両方に注目する必要があるでしょう。

運営者情報

知っトクlifeは、スマホ・アプリ・Wi-Fi・LINE・Googleアカウントなどのデジタルトラブルと、日本の仕組みや社会の疑問を分かりやすく解説する情報サイトです。

「スマホが突然使えなくなった」
「通信が遅い・つながらない」
「ログインできない」といった日常のトラブルから、「なぜ日本は現金社会でも成り立つのか」
「日本の仕組みはなぜこうなっているのか」といった生活に関わる疑問まで、初心者の方でも理解できるよう、原因と対処法を丁寧に解説しています。できるだけ専門用語を避け、実際に役立つ情報を中心に発信しています。