日本の海底ケーブルが切れたら何が起きる?スマホもネットも止まる「海の中の生命線」

2024年1月、北陸地方を襲った地震の際、石川県の一部で携帯電話がつながらなくなりました。しかし注目すべきは、基地局の故障だけが原因ではなかったという事実です。海底ケーブルにも影響が及び、データ通信に支障が出ていたのです。普段私たちがスマホで見ている動画も、海外の友人と交わすメッセージも、実は足元ではなく「海の底」を通っています。もし日本を取り囲む海底ケーブルが大規模に切断されたら、私たちの生活はどうなるのでしょうか。

日本のインターネットを支える「見えないインフラ」

海底ケーブルと聞いて、多くの人が思い浮かべるのは電話線の時代の古い技術かもしれません。ところが現実は正反対です。日本と海外を結ぶインターネット通信の99%以上が、海底ケーブルを経由しています。

衛星通信があるのだから大丈夫では、と思う方もいるでしょう。しかし衛星通信の容量は海底ケーブルと比較にならないほど小さく、遅延も大きいのが現実です。例えば、あなたがアメリカのサーバーにアクセスする場合、海底ケーブル経由なら100ミリ秒程度で済むところ、衛星経由では500ミリ秒以上かかることも珍しくありません。動画のストリーミング再生やオンラインゲーム、ビデオ会議といった用途には、衛星通信では対応しきれないのです。

日本の周辺海域には現在、約30本の国際海底ケーブルが敷設されています。太平洋を横断してアメリカに至るもの、台湾や香港、シンガポールへ向かうもの、グアムを経由してオーストラリアに接続するものなど、ルートは多岐にわたります。これらのケーブル1本1本が、直径わずか数センチメートルの中に、何十テラビット(1テラビットは1秒間に1兆ビット)ものデータを送受信する能力を持っているのです。

切断は「もしも」の話ではない

海底ケーブルの切断事故は、実は珍しいことではありません。世界全体で見ると、年間100件以上のケーブル損傷が報告されています。日本近海でも定期的に発生しており、ニュースにならないだけで修理作業は頻繁に行われているのです。

なぜこれほど頻繁に切れるのでしょうか。最も多い原因は、漁船の底引き網や船舶の錨です。海底ケーブルは水深の浅い沿岸部では地中に埋設されますが、深海部では海底に置かれているだけの状態になります。水深200メートル以下の大陸棚では、底引き網漁が行われることがあり、この網がケーブルに引っかかって切断されるケースが後を絶ちません。

2006年12月には、台湾沖地震によって複数の海底ケーブルが同時に損傷し、日本を含むアジア各国のインターネット通信速度が著しく低下しました。香港では国際通信の90%以上が途絶え、韓国や中国でも大きな影響が出ました。日本国内でも、一部のウェブサイトへのアクセスが困難になり、企業の国際取引に支障が生じたと報告されています。修理が完了するまでに、約2ヶ月を要しました。

もう一つ見逃せない事例があります。2022年1月、南太平洋のトンガで大規模な海底火山噴火が発生した際、トンガと外部世界を結ぶ唯一の海底ケーブルが切断されました。この小さな島国は、事実上インターネットから「消えた」状態になったのです。衛星通信による限定的な連絡手段しかなく、被災状況の把握すら困難になりました。ケーブルの修理には5週間以上かかり、その間トンガの人々は家族の安否確認さえままならない状況に置かれました。

「代替ルート」があっても安心できない理由

日本の場合、複数のケーブルが敷設されているから1本切れても問題ないのでは、と考えるのは自然なことです。確かに冗長性は確保されています。しかし、ここに意外な落とし穴があります。

複数のケーブルが存在していても、それらが物理的に近い場所を通っている場合、同時に損傷を受けるリスクがあるのです。日本の海底ケーブルの多くは、千葉県の九十九里浜や茨城県の海岸、三重県の志摩半島など、限られた陸揚げ地点に集中しています。これらの地点が大規模災害に見舞われれば、複数のケーブルが同時に影響を受ける可能性が高まります。

さらに深刻なのは、ケーブルの容量の問題です。平常時、各ケーブルは常に満杯で運用されているわけではありません。しかし、1本が切断されて他のケーブルに通信が集中すると、容量不足が発生します。2011年の東日本大震災の際、一部の海底ケーブルが損傷した結果、代替ルートに通信が集中し、国際通信の速度が大幅に低下しました。特に北米方面への通信が影響を受け、一部の企業では海外拠点とのデータのやり取りに支障が生じました。

国内の通信も無関係ではありません。日本国内の地域間通信にも海底ケーブルが使われているからです。本州と北海道、本州と九州、さらには離島を結ぶケーブルが切断されれば、その地域は通信面で孤立する可能性があります。光ファイバーは陸上だけでなく、海峡を渡る部分でも重要な役割を担っているのです。

スマホが使えなくなるだけでは済まない影響

海底ケーブルの大規模切断が起きた場合、最初に影響を受けるのは個人のインターネット利用です。海外のウェブサイトが開けない、動画が再生できない、SNSに投稿できないといった現象が起きるでしょう。しかし、本当の問題はその先にあります。

金融システムへの影響は計り知れません。日本の銀行や証券会社は、ニューヨークやロンドン、シンガポールなどの金融市場とリアルタイムで取引を行っています。海底ケーブルが切断されれば、為替取引や株式の売買、国際送金といった業務が停止または大幅に遅延します。企業間の決済が滞れば、サプライチェーン全体に波及する可能性もあるでしょう。

クラウドサービスへの依存も無視できません。多くの日本企業が、アマゾン ウェブ サービス(AWS)やマイクロソフト アジュール、グーグル クラウドといった海外拠点のクラウドにデータを保存しています。これらのサービスに接続できなくなれば、業務用のファイルにアクセスできない、顧客データベースが使えない、オンライン会議ができないといった事態が発生します。

コンテンツ配信ネットワーク(CDN)の機能停止も深刻です。CDNは、動画や画像などの大容量コンテンツを世界中のサーバーに分散配置し、ユーザーに近い場所から配信する仕組みです。NetflixやYouTube、各種ニュースサイトなど、私たちが日常的に利用するサービスの多くがCDNに依存しています。海底ケーブルが切断されれば、海外サーバーに置かれたコンテンツへのアクセスが困難になり、インターネット全体が「重く」なるのです。

ここで具体的な数字を見てみましょう。総務省の調査によれば、日本のインターネットトラフィックは年々増加しており、2023年には月間平均で約15エクサバイト(1エクサバイトは100万テラバイト)に達しています。このうち、相当な割合が海外との通信です。仮に太平洋横断ケーブルが全て切断された場合、日本国内のトラフィックだけで既存のインフラが飽和する可能性が指摘されています。

修理には「時間」と「専門性」が必要

では、海底ケーブルが切れたら、どれくらいで復旧するのでしょうか。ここにも意外な事実があります。

海底ケーブルの修理は、専用のケーブル敷設船でなければ行えません。日本周辺で作業可能な船舶は限られており、世界全体でも60隻程度しか存在しません。しかも、これらの船は常に待機しているわけではなく、新規のケーブル敷設作業や定期メンテナンスで稼働していることが多いのです。

修理作業そのものも容易ではありません。まず、切断箇所を特定する必要があります。数千キロメートルに及ぶケーブルのどこが切れているかを探すだけでも、数日から1週間程度かかることがあります。切断箇所が特定できたら、ケーブル敷設船が現場に向かいます。深海部での作業の場合、水深4000メートルを超えることもあり、特殊な機材を使ってケーブルを海底から引き上げ、損傷部分を切り取って新しいケーブルを接続します。

天候にも大きく左右されます。海が荒れていれば作業は中断せざるを得ません。台風シーズンや冬季の荒天時には、修理が数週間遅れることも珍しくありません。前述の台湾沖地震の際に2ヶ月を要したのも、こうした要因が重なったためです。

もう一つ重要な点があります。修理費用です。海底ケーブルの修理には、1回あたり数千万円から数億円のコストがかかります。深海での作業や遠隔地での修理になれば、さらに高額になります。この費用は通常、ケーブルを運用する企業連合が負担しますが、最終的には通信料金に転嫁される可能性があります。

本当の問題は「想定外の同時多発」にある

ここまで見てきたように、海底ケーブルは切れることがあるものの、修理体制は一応整っています。それでは何が問題なのでしょうか。真の脅威は、複数のケーブルが同時に切断される「同時多発的な損傷」にあります。

南海トラフ地震が発生した場合、日本の太平洋側の広範囲で海底地形が変動する可能性があります。海底の土砂崩れや地盤の変化によって、複数のケーブルが同時に損傷を受けるリスクが指摘されているのです。実際、2016年の熊本地震の際には、震源から離れた海域でも海底の変動が観測されました。

さらに懸念されるのが、人為的な破壊行為です。2022年、ロシアとウクライナの紛争が始まった際、ヨーロッパでは海底ケーブルへの破壊工作が警戒されました。海底ケーブルは重要インフラでありながら、広大な海域に無防備に敷設されているため、意図的な攻撃から守ることが難しいのです。専門家の間では、サイバー攻撃と物理的な破壊を組み合わせた「ハイブリッド攻撃」のリスクが議論されています。

日本政府も対策に乗り出しています。経済安全保障の観点から、海底ケーブルの監視体制を強化する動きがあり、2023年度予算では海底ケーブルの保護に関する調査研究費が計上されました。また、複数の通信事業者が連携して、ケーブルのルート多様化を進める計画も進行中です。

しかし課題は残ります。新しいケーブルの敷設には膨大なコストと時間がかかります。太平洋横断ケーブル1本を敷設するには、数百億円規模の投資が必要であり、計画から完成まで3年以上を要することも珍しくありません。採算性を考えると、民間企業だけでは十分な冗長性を確保できないのが現実です。

私たちにできることはあるのか

海底ケーブルという巨大インフラの問題に対して、個人ができることは限られていると思うかもしれません。しかし、備えの視点は持つことができます。

まず認識すべきは、インターネットは「必ず使える」ものではないという事実です。特に海外とのやり取りが多い仕事をしている人、クラウドサービスに重要なデータを保存している人は、通信途絶のリスクを想定しておく必要があります。重要なファイルは定期的にローカル(手元のパソコンや外付けハードディスク)にバックアップを取る、緊急時の連絡手段を複数用意しておくといった対策が考えられます。

企業レベルでは、事業継続計画(BCP)に通信途絶のシナリオを組み込むことが重要です。実際、2011年の震災後、多くの企業が通信インフラのリスクを再評価し、複数のクラウドサービスを併用する、国内サーバーにもデータを分散配置するといった対策を取り始めました。

社会全体としては、海底ケーブルの重要性に対する認識を高めることが第一歩です。道路や橋、電力網と同じように、海底ケーブルも私たちの生活を支える重要インフラであることを理解する必要があります。その上で、適切な投資と保護策が講じられるよう、政策的な議論を深めていくことが求められます。

通信事業者の取り組みも進んでいます。NTTやKDDIなどは、海底ケーブルの監視システムを強化し、異常を早期に検知する技術の開発を進めています。また、人工知能を使ってケーブルの損傷リスクを予測する研究も始まっています。こうした技術的な進歩は、将来的に修理時間の短縮や予防保全につながる可能性があります。

国際的な協力も欠かせません。海底ケーブルは一国だけの問題ではなく、複数の国をまたいで運用されています。損傷時の迅速な対応には、国境を越えた協力体制が必要です。国際電気通信連合(ITU)などの枠組みを通じて、海底ケーブルの保護に関する国際的なルール作りも進められています。

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まとめ

日本のインターネット通信の99%以上を支える海底ケーブルは、切断されれば修理に数週間から数ヶ月を要し、その間、海外サイトへのアクセス困難、金融取引の停止、クラウドサービスの利用不能など、広範な影響が生じます。漁船や地震による切断は珍しくなく、複数ケーブルの同時損傷が最大のリスクです。見えないインフラだからこそ、その重要性と脆弱性を知り、個人はデータのバックアップ、社会全体では投資と保護策の強化が求められています。海の底に眠る細いケーブルが、現代社会の生命線であることを忘れてはなりません。

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