中国が止めたら日本はどうなる?レアアースを使わない技術が急速に進んでいる理由

2010年、日本の自動車メーカーや電機メーカーの工場が一斉に生産調整を迫られました。原因は中国からのレアアース輸出の事実上の停止です。ハイブリッドカーのモーター、スマートフォン、LED照明——私たちの暮らしを支える製品の多くが、突然、作れなくなる危機に直面したのです。あれから10年以上が経った今、日本企業は急速に「レアアースを使わない技術」の開発を進めています。なぜ、これほどまでに開発が加速しているのでしょうか。

レアアースなしでは動かない現代社会

まず、レアアースがどれほど重要なのかを確認しておく必要があります。レアアースは希土類元素と呼ばれる17種類の金属の総称で、ネオジムやジスプロシウム、テルビウムなどが含まれます。これらは強力な磁石を作るために不可欠な素材です。

特にネオジム磁石は、同じ大きさの従来型磁石と比べて約10倍もの磁力を持ちます。この特性によって、ハイブリッドカーや電気自動車のモーターを小型化しながら高出力を実現できるのです。トヨタのプリウス1台には、約1キログラムのネオジムが使われています。

問題は、このレアアースの生産が極端に偏っていることです。世界のレアアース生産量の約6割を中国が占めています。さらに精製・加工の段階では中国のシェアは8割を超えるとされています。つまり、中国が供給を止めれば、世界中の工場が止まりかねない構造になっているのです。

2010年の尖閣諸島沖での漁船衝突事件の際、中国からのレアアース輸出が滞った経験は、日本の産業界に大きな衝撃を与えました。レアアースの価格は数カ月で10倍以上に跳ね上がりました。

本当の問題は価格ではなかった

レアアースの輸出制限が起きたとき、多くの人は「価格高騰」が最大の問題だと考えました。確かに価格は急騰しましたが、日本企業が本当に恐れたのは別のことでした。

それは「いくらお金を払っても手に入らない」という事態です。工場の生産ラインは、特定の素材を前提に設計されています。代替品がすぐに見つかるわけではありません。在庫が尽きれば、生産は完全に止まります。価格の問題なら交渉の余地がありますが、供給そのものが止まれば交渉する相手もいないのです。

さらに見逃せない点があります。レアアースは「レア(希少)」という名前がついていますが、実は地球上に広く分布している元素です。埋蔵量で言えば、決して少なくありません。それなのになぜ中国に集中しているのか。

答えは採掘と精製のコストにあります。レアアースは他の元素と混ざった状態で産出されるため、分離・精製に大量の化学薬品と水が必要です。この過程で有害な廃液が大量に出ます。環境規制の厳しい国では、採算が合わないか、そもそも許可が下りません。中国が圧倒的なシェアを握ったのは、環境コストを抑えた大規模生産を行ったからです。

日本企業が選んだ三つの戦略

2010年の危機を受けて、日本企業は三つの方向で対策を進めました。一つ目は調達先の多角化、二つ目はリサイクル技術の開発、そして三つ目がレアアースを使わない技術の開発です。

調達先の多角化では、オーストラリアやベトナム、インドなどでの鉱山開発に日本企業が出資しました。しかし、新しい鉱山の開発には10年近い時間と数百億円の投資が必要です。しかも環境対策のコストを考えると、中国産より高くなることは避けられません。

リサイクルも進められています。使用済みのハードディスクやエアコンからレアアースを回収する技術が実用化されつつあります。ただし、製品に含まれるレアアースの量はわずかで、大量に回収するには膨大な数の製品を集める必要があります。現状では需要の一部を補う程度にとどまっています。

ところが、三つ目の「レアアースを使わない技術」は、想定以上の速さで進展しています。その背景には、技術的なブレークスルーだけでない、複数の要因が重なっているのです。

なぜ今、脱レアアースが加速するのか

レアアースを使わないモーターの開発は、実は2010年より前から行われていました。しかし当時は「性能が落ちる」「コストが高い」という理由で、実用化には至っていませんでした。状況が変わったのは、電気自動車市場の急拡大です。

世界の電気自動車の販売台数は、2020年には約300万台でしたが、2023年には1400万台を超えました。このペースで増え続ければ、レアアースの需要は供給能力を超えてしまいます。中国が輸出制限をしなくても、物理的に足りなくなる可能性が出てきたのです。

この危機感が、レアアースフリー技術への投資を加速させました。日本の大手自動車部品メーカーは、ネオジムを使わないモーターの開発に成功しています。従来は磁石の力でモーターを回していましたが、電磁石を使う「巻線界磁型モーター」という方式に切り替えることで、レアアースを全く使わずに済むようにしたのです。

性能面での課題も解消されつつあります。初期の巻線界磁型モーターは、ネオジム磁石を使ったモーターに比べて効率が5%ほど劣っていました。しかし、制御技術の進化によって、その差は2%程度まで縮まっています。この程度の差なら、供給リスクの低減というメリットが上回ると判断する企業が増えています。

もう一つ見逃せない要因があります。それは中国自身の戦略変化です。

中国の思惑と日本の対応

中国は近年、レアアースの「原料輸出」から「製品輸出」へと戦略を転換しています。レアアースそのものを売るのではなく、レアアースを使った高性能モーターや電子部品として輸出する方針に変えているのです。付加価値の高い製品を自国で生産することで、より大きな利益を得ようとしています。

この動きは、日本企業にとって新たな脅威となっています。かつては「素材を輸入して製品を作る」という役割分担がありましたが、今では製品レベルでも競合する関係になりつつあります。しかも相手は原材料の供給も握っているのです。

2023年、中国政府はレアアース関連の輸出管理を強化する方針を発表しました。具体的には、レアアース製錬技術の輸出を制限し、磁石の製造技術も管理対象に含める方向です。この動きは、日本企業に「いずれレアアースに依存した製品は作れなくなる」という認識を強めさせました。

日本の経済産業省も動いています。脱レアアース技術の開発に対して、補助金制度を拡充しました。従来は研究開発段階への支援が中心でしたが、実用化や量産化の段階でも支援が受けられるようになっています。国家戦略として、レアアース依存からの脱却を進めているのです。

暮らしの中で何が変わるのか

では、この技術開発は私たちの生活にどう影響するのでしょうか。まず、製品価格への影響が考えられます。脱レアアース技術が普及すれば、レアアースの価格変動に左右されにくくなります。電気自動車やエアコンの価格が安定する可能性があります。

ただし、短期的には逆の現象も起きています。新しい技術を搭載した製品は、開発コストが上乗せされるため、一時的に高くなることがあります。量産効果が出るまでには数年かかるでしょう。

性能面では、一部で変化が現れています。例えば、レアアースフリーのモーターは、従来型に比べてわずかに大きくなる傾向があります。電気自動車の場合、モータースペースが数センチ広がることで、室内空間や荷室が若干狭くなる可能性があります。ただし、設計の工夫で影響を最小限に抑える努力が続けられています。

より本質的な変化は、供給の安定性です。レアアースの価格が急騰したり、供給が不安定になったりしても、製品の生産が止まるリスクが減ります。これは消費者にとって、欲しい製品が「突然買えなくなる」という事態を避けられることを意味します。

産業構造にも影響が及びます。レアアースに依存しない技術が確立すれば、中国以外の国でも高性能モーターの生産が可能になります。部品調達先の選択肢が増えることで、価格競争が促進される可能性があります。

それでも残る課題

脱レアアース技術の開発は着実に進んでいますが、すべての用途でレアアースを置き換えられるわけではありません。特に、小型で高出力が求められる分野では、まだレアアースが不可欠です。

スマートフォンのバイブレーション機能に使われる小型モーターは、その代表例です。限られたスペースで十分な振動を生み出すには、ネオジム磁石の強力な磁力が必要です。代替技術を使うと、モーターが大きくなりすぎて、現在のスマートフォンのデザインを維持できなくなります。

風力発電の大型発電機も課題です。洋上風力発電では、メンテナンスの頻度を減らすため、故障しにくい永久磁石型の発電機が好まれます。ここでもレアアースが使われています。代替技術の発電機はメンテナンス頻度が高くなり、運用コストが上がってしまうのです。

さらに、技術の移行には時間がかかります。自動車メーカーが新しいモーターを採用するには、車両全体の設計を見直す必要があります。新型車の開発サイクルは通常3〜5年ですから、全車種が切り替わるには10年以上かかる計算です。

コスト面での競争力も、まだ十分とは言えません。レアアースフリー技術は量産効果が出ていない段階では、従来技術より高くつくことがあります。企業が採用を決断するには、技術的な優位性だけでなく、経済的な合理性も必要です。

レアアースフリー技術の最前線

現在、実用化が進んでいるレアアースフリー技術には、大きく分けて三つのアプローチがあります。それぞれに特徴があり、用途によって使い分けられています。

巻線界磁型モーターの進化

最も実用化が進んでいるのが、電磁石を使う巻線界磁型モーターです。日産自動車は2025年以降に発売する電気自動車の一部車種に、この方式のモーターを搭載すると発表しています。永久磁石の代わりに、電流を流すことで磁力を発生させる仕組みです。

この方式の利点は、磁力の強さを電流で調整できることです。発進時には強い磁力、高速走行時には弱い磁力というように、状況に応じて最適化できます。ネオジム磁石を使ったモーターでは、磁力が常に一定のため、高速域では逆に抵抗となって効率が下がる問題がありました。巻線界磁型はこの欠点を克服できる可能性があります。

課題は熱の管理です。電磁石は電流を流し続けるため、発熱が避けられません。モーターの温度が上がりすぎると、巻線の絶縁が劣化して故障の原因になります。そのため、冷却システムの設計が極めて重要になります。部品メーカーは、冷却性能を高めた特殊な構造の開発を進めています。

フェライト磁石という選択肢

二つ目のアプローチは、レアアースを含まないフェライト磁石を使う方法です。フェライトは鉄を主成分とする磁石で、スピーカーや冷蔵庫のドアパッキンなどに昔から使われてきました。原料が安価で供給も安定しています。

問題は磁力の弱さです。ネオジム磁石の磁力を100とすると、従来のフェライト磁石は10程度しかありません。そのままでは使い物になりません。しかし、磁石の結晶構造を制御する技術が進歩したことで、フェライト磁石の性能は大きく向上しています。一部のメーカーは、従来比で2倍の磁力を持つフェライト磁石の開発に成功しました。

この高性能フェライト磁石は、主にハイブリッドカーの補機モーターやエアコンのコンプレッサーモーターで採用が始まっています。これらの用途では、駆動用モーターほどの高出力は必要ないため、フェライト磁石でも十分に性能を満たせます。補機類だけでも脱レアアースが進めば、車1台あたりのレアアース使用量を3割程度削減できると試算されています。

新素材への挑戦

三つ目は、まったく新しい磁性材料の開発です。大学や研究機関では、窒化鉄という化合物が注目されています。理論上はネオジム磁石を超える磁力を持つ可能性があり、しかも鉄と窒素という豊富な元素だけで作れます。

ただし、窒化鉄の合成は極めて困難です。高温高圧の特殊な環境が必要で、現状では実験室レベルでしか作れていません。量産技術の確立には、まだ10年単位の時間が必要と見られています。それでも、将来の選択肢として研究が続けられているのは、実現すれば革命的な変化をもたらすからです。

産業界全体への波及効果

脱レアアース技術の発展は、自動車産業だけでなく、意外な分野にも影響を与え始めています。医療機器業界では、MRI装置の超電導磁石に使われるレアアースの代替研究が進んでいます。MRI装置1台には数十キログラムのレアアースが使われており、価格の変動が病院の設備投資計画に直接影響するためです。

ロボット産業も変化の渦中にあります。産業用ロボットの関節部には小型で強力なモーターが必要で、従来はレアアースが不可欠でした。しかし、モーターの配置を工夫することで、大型だがレアアースフリーのモーターを使える設計に変更する動きが出ています。ロボットの形状は変わりますが、機能は維持できるという発想の転換です。

半導体製造装置でも同様の動きがあります。ウエハーを精密に動かすためのアクチュエーターに、レアアースフリーの駆動機構を採用する試みが始まっています。製造装置メーカーにとって、部品の安定調達は生産計画の要です。レアアースへの依存度を下げることは、事業の安定性を高めることに直結します。

国際的な開発競争の構図

脱レアアース技術の開発は、日本だけの動きではありません。欧州の自動車メーカーも独自の技術開発を進めています。ドイツの部品メーカーは、永久磁石を使わない同期リラクタンスモーターの実用化を発表しました。この方式は磁石を一切使わず、鉄心の形状だけでトルクを発生させます。

アメリカでは、国防上の理由から脱レアアースが重要視されています。軍事用ドローンや誘導ミサイルの制御システムにレアアースが使われているため、中国への依存は安全保障上のリスクと認識されています。米国防総省は、レアアースフリー技術の研究に年間数百億円規模の予算をつけています。

一方で、中国も技術開発を加速させています。レアアースの供給国としての優位性を保ちつつ、同時に脱レアアース技術でも主導権を握ろうとしています。この二面戦略は、どちらの技術が主流になっても優位に立てる布石です。技術開発競争は、単なる性能の争いではなく、産業の主導権を巡る国家間の戦略的な駆け引きの場となっています。

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まとめ

中国がレアアースの供給を止めれば、かつては日本の産業が大打撃を受けました。しかし今、脱レアアース技術が急速に進んでいる理由は、供給リスクへの懸念だけではありません。電気自動車市場の爆発的拡大による需要逼迫の予測、中国の戦略転換、そして技術革新の進展が重なったからです。完全な置き換えにはまだ時間がかかりますが、日本企業は「依存しない選択肢」を確実に手に入れつつあります。今後は、どの用途でどこまで脱レアアースが進むのか、そして新技術のコストがいつ従来技術を下回るのかが注目点です。

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