近年、多くの企業が伝統的な退職金制度を見直し、廃止に踏み切るケースが増加しています。かつては当然とされてきた退職金制度が、なぜ今見直されているのでしょうか。実際に私の知人も、転職を検討していた際に「退職金がない会社が思った以上に多くて驚いた」と話していました。この変化の背景には、労働環境の変化、企業の財務事情、そして働き方の多様化など、複数の要因が複雑に絡み合っています。本記事では、退職金制度廃止の実態と、その理由について詳しく解説していきます。
退職金制度廃止の現状とデータ
厚生労働省の調査によると、退職金制度を設けている企業の割合は年々減少傾向にあります。1990年代には80%を超える企業が何らかの退職金制度を設けていましたが、2023年の調査では約70%まで減少しています。特に従業員数が少ない中小企業での廃止が顕著で、従業員30人未満の企業では50%程度まで下がっているのが現状です。
私が以前勤めていた制作会社でも、2019年に退職金制度の廃止が発表されました。当時は社員の間で大きな議論となりましたが、その代わりに月給が1万円引き上げられ、確定拠出年金制度が新たに導入されました。このように、完全廃止ではなく代替制度を設ける企業も多く見られます。業界別では、IT関連企業やベンチャー企業での廃止率が特に高く、一方で製造業や金融業では比較的維持されている傾向があります。
退職金制度廃止の背景には、企業の財務負担軽減が大きく影響しています。長期雇用を前提とした従来の退職金制度は、人材の流動化が進む現代の労働市場にそぐわなくなってきているのも事実です。転職が当たり前となった今、勤続年数に応じて支給される退職金よりも、毎月の給与や福利厚生の充実を求める労働者も増えています。
企業規模による格差も深刻で、大企業では依然として手厚い退職金制度が維持されている一方、資金繰りに余裕のない中小企業では制度の維持が困難になっています。2022年の日本経済団体連合会の調査では、従業員1000人以上の企業の約85%が退職金制度を維持しているのに対し、100人未満の企業では約45%にとどまっています。
こうした状況を受けて、政府は企業型確定拠出年金の普及促進や、中小企業退職金共済制度の拡充などの対策を打ち出していますが、制度の複雑さや導入コストの問題から、十分な効果を上げているとは言い難いのが現状です。
企業の財務負担軽減が主要因
退職金制度廃止の最大の理由は、企業の財務負担軽減です。退職金は企業にとって将来債務となり、従業員が長期間勤務すればするほど支払い義務が増加していきます。特に退職金規定で勤続年数に応じて支給額が累進的に増加する仕組みの場合、企業は相当な資金を確保しておく必要があります。
実際に、私の知り合いの経営者は「従業員50人の会社で、全員が定年まで勤めたと仮定すると、退職金だけで約2億円の負担になる計算だった」と話していました。この負担を軽減するため、多くの企業が制度見直しに踏み切っています。また、少子高齢化により労働人口が減少する中、企業は人件費の構造を見直し、より柔軟な報酬体系を求めるようになりました。退職金を廃止することで、その分を現在の給与や賞与、福利厚生の充実に回すことができ、即座に従業員に還元できるメリットがあります。
さらに、企業会計基準の変更も制度廃止を後押ししています。退職給付債務の開示が厳格化されたことで、退職金制度を維持する企業は貸借対照表上で将来負担を明確に示さなければならず、投資家や金融機関からの評価にも影響を与えるようになりました。
一方で、従業員側にも変化が見られます。転職が当たり前となった現代では、一つの会社に定年まで勤め上げる働き方よりも、キャリアアップのために複数の会社を渡り歩く人が増えています。このような働き方では、長期勤続を前提とした退職金制度のメリットを十分に享受できないケースが多く、むしろ毎月の給与が高い方が魅力的に映ります。
中小企業庁の調査によると、従業員数100人未満の企業のうち約40%が退職金制度を設けていないという結果も出ており、特に新興企業やベンチャー企業では最初から退職金制度を導入しない傾向が強まっています。これらの企業は代わりに、ストックオプションや成果連動型の報酬制度を採用し、従業員のモチベーション向上を図っているのが現状です。
転職の常態化と働き方の変化
現代の労働市場では、終身雇用制度が崩れ、転職が一般的になりました。厚生労働省の調査では、大学卒業者の3年以内離職率が約30%に達しており、長期勤続を前提とした退職金制度の意義が薄れています。退職金制度は本来、長期間勤務した従業員への報奨という意味合いが強く、短期間で転職を繰り返す現在の働き方には適さないという考えが広まっています。
私自身も20代で2回転職を経験しましたが、最初の会社では勤続3年未満のため退職金は支給されませんでした。一方、現在の会社は退職金制度がない代わりに、月給が前職より大幅に高く設定されており、結果的に収入面では向上しています。また、フリーランスや副業が一般化し、多様な働き方を選択する人が増えたことも、従来の退職金制度への疑問を生んでいます。企業側も、優秀な人材を引き止めるためには退職金よりも、現在の待遇や成長機会を充実させることが重要だと認識し始めています。
法的義務の不存在と制度の任意性
多くの人が誤解していることですが、退職金制度は法的に義務付けられているものではありません。労働基準法等でも退職金の支給義務は定められておらず、完全に企業の任意で設けられる制度です。この法的背景が、企業の退職金廃止を後押ししています。一度制度を設けてしまうと労働契約の一部となり、廃止には労使合意が必要になりますが、法的義務がないため交渉の余地があります。
実際に、私が人事担当として関わった企業の制度見直しでは、労働組合との長期間にわたる交渉が行われました。最終的に、段階的廃止と代替措置の導入で合意に至りましたが、プロセスには約1年を要しました。また、新規採用者からは退職金制度を適用しない「新人事制度」を導入する企業も増えています。これにより、既存従業員の権利は保護しつつ、将来的な負担軽減を図る戦略を取っています。法的義務がないことを理解している企業ほど、積極的に制度見直しを検討している傾向があります。
代替制度への移行戦略
退職金制度を廃止する企業の多くは、完全撤廃ではなく代替制度への移行を図っています。最も一般的なのは確定拠出年金(企業型DC)への移行で、企業が拠出した資金を従業員が自己責任で運用する仕組みです。この制度では、転職時にも資産を持ち運ぶことができ、現代の働き方に適応しています。
私の現在の勤務先でも、2021年から企業型DCが導入されました。月3万円の企業拠出があり、従業員は複数の投資信託から運用商品を選択できます。導入当初は投資に不慣れな従業員向けに説明会が何度も開催され、私も参加しました。運用成績次第では従来の退職金を上回る可能性がある一方、リスクも存在します。その他の代替措置として、基本給の増額、賞与制度の充実、ストックオプションの付与、教育研修費の拡充などがあります。特にIT企業では、スキルアップ支援や資格取得費用の全額負担など、従業員の成長を重視した福利厚生を充実させる傾向があります。
従業員への影響と対策
退職金制度の廃止は従業員にとって大きな影響を与えます。特に長期勤続を予定していた従業員にとっては、老後資金の計画見直しが必要になります。一方で、若い世代や転職を前提とする従業員には、現在の待遇改善の方がメリットが大きい場合もあります。重要なのは、企業が十分な説明と代替措置を講じることです。
私が相談を受けた30代の友人は、勤務先の退職金廃止により「老後資金が500万円不足する」と試算し、個人年金保険の加入を検討していました。このように、従業員は自己責任で老後資金を準備する必要性が高まっています。企業側も、ファイナンシャルプランナーによる相談会の開催、iDeCoの活用支援、資産運用セミナーの実施など、従業員の資産形成をサポートする取り組みを行うべきです。また、退職金がない分、現在の給与水準が適正かどうかを市場相場と比較検討することも重要です。転職市場での競争力を維持するため、総報酬額での魅力を確保する必要があります。
業界別・企業規模別の傾向分析
退職金制度の廃止傾向は、業界や企業規模によって大きな差があります。IT・Web業界では約60%の企業が何らかの形で制度を見直しており、特にスタートアップ企業では最初から退職金制度を設けないケースが大半です。一方、金融業や製造業では依然として70%以上の企業が制度を維持しており、業界文化の違いが顕著に表れています。
企業規模別では、従業員数100人未満の中小企業で廃止率が高く、1000人以上の大企業では維持率が高い傾向があります。私が転職活動で面接を受けた小規模IT企業3社では、全て退職金制度がありませんでした。代わりに、成果に応じたインセンティブ制度や、ストックオプション制度が充実していました。地域別では、東京などの都市部で廃止が進んでいる一方、地方企業では人材確保の観点から制度維持が重視されています。また、労働組合の有無も大きく影響し、組合がある企業では制度維持率が高い傾向があります。今後は、これらの傾向がさらに明確になることが予想されます。
今後の退職金制度の展望
退職金制度の未来は、従来の一律支給型から個人のニーズに応じた多様な制度への移行が進むと予想されます。技術の進歩により、従業員一人ひとりの働き方や価値観に合わせたカスタマイズされた報酬制度が実現可能になりつつあります。例えば、若年層には現金給与重視、中高年層には退職金重視といった選択制の導入などが考えられます。
私が参加した人事制度の勉強会では、「カフェテリアプラン」的な発想で、従業員が退職金、現金給与増額、福利厚生充実の中から自由に選択できる制度が紹介されていました。また、AIやブロックチェーン技術を活用した新しい退職金制度の可能性も議論されています。ただし、完全廃止の流れは今後も続くと予想され、特に新興企業やグローバル企業では退職金に依存しない報酬体系が主流になるでしょう。従業員側も、企業に依存した老後資金準備から、自立した資産形成への意識転換が求められています。政府も個人型確定拠出年金(iDeCo)の拡充などを通じて、この流れを支援しています。
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まとめ
退職金制度廃止の背景には、企業の財務負担軽減、転職の常態化、法的義務の不存在など複数の要因があります。特に中小企業やIT企業での廃止が顕著で、代替制度として確定拠出年金や給与増額などが導入されています。この変化は労働環境の多様化を反映したものであり、今後も加速することが予想されます。
従業員にとっては、企業に依存した老後資金準備から自立した資産形成への転換が必要になります。重要なのは、退職金の有無だけでなく、総合的な報酬水準や成長機会を含めて勤務先を評価することです。企業側も、制度変更時には十分な説明と代替措置を講じることが求められます。退職金制度の変化は単なる制度廃止ではなく、新しい働き方に適応した報酬制度への進化と捉えることが大切です。
労働者個人としては、この変化に対応するため早期からの資産形成計画が不可欠となります。iDeCoやNISAなどの税制優遇制度を活用し、月々の積立投資を習慣化することで、退職金に頼らない老後資金の確保が可能になります。また、転職時には退職金制度の有無よりも、基本給や賞与、福利厚生制度全体のバランスを慎重に検討することが賢明でしょう。
企業側においても、優秀な人材の確保と定着を図るには、退職金廃止に代わる魅力的な制度設計が欠かせません。前払い退職金の選択制導入や、企業型確定拠出年金の充実、スキルアップ支援制度の拡充などにより、従業員の将来への不安を軽減する取り組みが重要です。
このような雇用環境の変化は、終身雇用を前提とした従来の日本型雇用システムから、より柔軟で個人の選択を重視する新しい労働スタイルへの移行を示しています。退職金制度の変革を機に、働く人それぞれが自らのキャリアと人生設計を主体的に描く時代が本格的に到来したといえるでしょう。
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