日本近海で巨大資源が見つかっているのに、なぜ掘れないのか?

2024年1月、経済産業省から驚きの発表がありました。日本の排他的経済水域内で確認されたレアアースを含む海底鉱物資源の「推定埋蔵量」が、中国の年間生産量の数百年分に相当する可能性があるというのです。レアアースは電気自動車やスマートフォンに欠かせない資源で、その大半を中国からの輸入に頼っている現状があります。しかし、こうした報道を聞くたびに多くの人が抱く疑問があります。「それなら早く掘ればいいのに、なぜ掘らないのか?」

日本近海には、レアアースだけではなくメタンハイドレートや海底熱水鉱床など、複数の巨大資源が存在することが確認されています。資源に乏しいと言われ続けてきた日本にとって、これは国の未来を変える可能性を秘めた発見です。ところが実際には、これらの資源はほとんど商業利用されていません。一体なぜなのでしょうか。

海底資源の規模はどれほどのものなのか

まず、日本近海で見つかっている資源がどれほどの規模なのかを見ておく必要があります。

南鳥島周辺の海底には、レアアースを高濃度で含む「レアアース泥」が広範囲に分布していることが東京大学の研究チームによって確認されています。このレアアース泥には、ジスプロシウムやテルビウムといった「重レアアース」が豊富に含まれており、その濃度は中国の鉱山の数十倍に達する場所もあるとされています。

重レアアースは、ハイブリッド車や電気自動車のモーターに使われる高性能磁石に不可欠な素材です。スマートフォンのバイブレーション機能にも使われており、現代の生活を支える「産業のビタミン」と呼ばれています。

さらに日本海側には、メタンハイドレートという資源が存在します。これは「燃える氷」とも呼ばれ、メタンガスと水が低温・高圧の環境下で結晶化したものです。日本周辺の埋蔵量は、国内の天然ガス消費量の100年分とも言われています。

加えて、沖縄近海や伊豆・小笠原海域には海底熱水鉱床があり、そこには銅、鉛、亜鉛、金、銀などの金属資源が集積しています。どれも日本が大量に輸入している資源です。

これだけ聞くと、「資源大国・日本」という未来が現実味を帯びてくるように思えます。ところが、実際にはこれらの資源はまだ商業生産に至っていません。

コストの壁は想像以上に高い

掘れない理由として、まず誰もが思い浮かべるのが「コスト」の問題でしょう。実際、これは極めて大きな障壁です。

南鳥島のレアアース泥は、水深5000メートル以上の深海底に存在しています。この深さは富士山の1.3倍以上です。そこから泥を引き上げ、レアアースを分離・精製するには、膨大な設備投資と運用コストがかかります。

2018年に発表された試算では、南鳥島周辺でレアアースを商業生産するには、初期投資だけで数千億円規模が必要とされました。加えて、採掘船の運用、泥の揚収装置、精製プラント、輸送インフラなど、継続的なコストも莫大です。

一方で、現在のレアアース価格は中国の供給によって比較的安定しています。中国は世界のレアアース生産量の約6割を占めており、大規模な陸上鉱山で低コストで採掘しています。日本が深海底から高いコストをかけて掘り出したレアアースは、価格競争力で太刀打ちできない可能性が高いのです。

メタンハイドレートも同様です。2013年に愛知県沖で世界初の海洋産出試験に成功しましたが、その後の試験では技術的トラブルが相次ぎました。地層から分離したメタンを回収する過程で砂が混入し、パイプが詰まるという問題が繰り返し発生しています。

これらの技術的課題を克服するには、さらなる研究開発投資が必要です。しかし、LNG(液化天然ガス)を海外から輸入する現行の方法と比べて、果たしてコストで優位に立てるのか、という疑問が常につきまといます。

それでも進まない本当の理由

しかし、問題はコストだけではありません。ここで見逃せないのが、資源開発には「経済合理性」だけでなく、「地政学的な要素」が深く関わっているという事実です。

2010年、尖閣諸島沖での漁船衝突事件をきっかけに、中国が日本へのレアアース輸出を事実上停止したことがありました。この時、日本の製造業は大きな混乱に陥り、レアアースの価格は一時的に10倍近くまで高騰しました。

この経験から、日本は「資源安全保障」の重要性を痛感しました。南鳥島のレアアース開発が注目されたのも、この出来事が背景にあります。

ところが、その後中国は輸出を再開し、価格も落ち着きました。日本企業もレアアースの使用量を減らす技術開発やリサイクル技術の向上を進め、中国への依存度を下げる努力を続けてきました。現在では、かつてほどの切迫した危機感は薄れています。

つまり、海底資源開発への投資を決断するには、「今すぐ必要」という緊急性が不足しているのです。企業にとっては、確実に利益が出るかわからない深海資源開発よりも、既存の輸入ルートを多様化する方が現実的な選択肢となります。

さらに、もう一つ見逃せない点があります。それは開発に伴う「環境への影響」です。

環境リスクという新たな障壁

深海底の資源開発は、未知の生態系に大きな影響を与える可能性があります。

水深5000メートルの深海底は、長い間人間の活動が及ばなかった場所です。そこには独自の生態系が存在しており、まだ解明されていない生物種も多く生息しています。海底の泥を大規模に採掘すれば、これらの生態系が破壊される恐れがあります。

近年、国際社会では海洋環境保護への関心が高まっています。国際海底機構(ISA)は、深海底鉱物資源の開発に関する国際ルール作りを進めており、環境影響評価の厳格化が議論されています。

日本が深海資源の開発を進める場合、こうした国際的な規制に適合する必要があります。環境影響を最小限に抑える技術開発や、モニタリング体制の構築にも多額の費用がかかります。

メタンハイドレートの場合は、別のリスクがあります。メタンは二酸化炭素の25倍以上の温室効果を持つガスです。採掘過程でメタンが大気中に漏れ出せば、気候変動を加速させる恐れがあります。カーボンニュートラルを目指す現代において、新たな化石燃料の開発には慎重な姿勢が求められています。

環境問題は、単なる「配慮すべき事項」ではなく、開発の可否そのものを左右する重大な要素になりつつあるのです。

技術はあっても「掘る主体」がいない

ここまで見てきたように、コスト、緊急性、環境問題といった複数の要因が絡み合っています。しかし、さらに根本的な問題があります。それは「誰が掘るのか」という問題です。

陸上の資源開発であれば、民間企業が主体となって投資し、利益を追求する形で進められます。しかし、深海底資源の開発は、民間企業だけでは担いきれない規模とリスクがあります。

日本には石油や天然ガスの開発を手がける企業はありますが、その多くは海外の油田やガス田での開発に参加する形をとっています。深海底の未開発資源に巨額の投資をするには、あまりにも不確実性が高すぎるのです。

そこで期待されるのが、国による支援です。実際、経済産業省や文部科学省は調査研究に予算をつけ、技術開発を後押ししてきました。しかし、調査や試験採掘と、商業生産との間には大きな隔たりがあります。

国が前面に出て資源開発を主導することは、財政負担や失敗時の責任問題など、政治的なハードルも高くなります。また、国際的には「国家による資源ナショナリズム」と見られるリスクもあります。

結果として、「技術的には可能だが、誰もリスクを取って本格的に掘ろうとしない」という状態が続いています。

それでも諦めない理由とは

では、日本は海底資源開発を諦めたのでしょうか。実はそうではありません。

2023年、日本政府は「海洋資源開発に関する工程表」を改訂し、2030年代前半の商業化を目指す方針を改めて示しました。南鳥島周辺のレアアース泥については、民間企業との連携を強化し、技術実証を進める計画が進行中です。

背景にあるのは、世界的な資源争奪の激化です。電気自動車の普及に伴い、レアアースやリチウム、コバルトといった資源の需要は急増しています。中国以外にも、アフリカや南米の資源国が開発を加速させており、資源の安定確保は各国の重要課題となっています。

加えて、ウクライナ情勢やエネルギー価格の高騰により、資源の自給率向上への関心が再び高まっています。輸入に依存するリスクは、決して過去のものではありません。

技術面でも進展があります。無人探査機(AUV)や遠隔操作技術の向上により、深海底での作業効率は着実に改善しています。AIを活用した資源探査や、環境負荷を減らす採掘技術の研究も進んでいます。

重要なのは、「今すぐ採算が取れなくても、技術を磨き続ける」という姿勢です。将来、資源価格が高騰したり、国際情勢が変化したりした時に、すぐに動ける準備をしておくことが、長期的な国益につながります。

また、海底資源開発で培った技術は、他の分野にも応用できます。深海探査技術は海洋科学研究や海底ケーブルの敷設・保守に役立ちます。遠隔操作や無人化技術は、災害対応や宇宙開発にも転用可能です。

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まとめ

日本近海の巨大資源が掘られない理由は、単純なコストの問題だけではありませんでした。深海という過酷な環境、国際的な価格競争、環境への影響、そして「誰がリスクを取るのか」という構造的な問題が複雑に絡み合っています。しかし、資源をめぐる国際情勢が不安定さを増す中で、技術を磨き続け、いざという時に備えることの重要性は増しています。今後注目すべきは、民間企業と政府がどう役割分担し、実用化への道筋をつけていくかです。

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