2035年、ガソリンスタンドで「新しい液体」を給油する光景が当たり前になるかもしれません。トヨタやマツダが2024年に相次いで発表したのは、電気自動車ではなく「合成燃料」への投資拡大でした。世界中が「脱ガソリン」を叫ぶなか、なぜ今、既存のエンジンで使える新しい燃料が注目されているのでしょうか。EVシフトとは真逆に見えるこの動き、実は私たちの生活を大きく変える可能性を秘めています。
「ガソリン車はなくなる」は、本当に決まった未来なのか
「2035年にはガソリン車がなくなる」。そんな話を聞いたことがある人も多いと思います。
たしかに世界では、自動車の電動化が大きな流れになっています。ところが最近、その流れは「すべてEVにすれば解決」という単純な話ではなくなってきました。
ヨーロッパでも2035年以降の自動車をめぐるルールについて、電動化を進めながら、合成燃料やバイオ燃料なども含めた柔軟な方法が検討されています。
日本もEVだけに一本化しているわけではありません。ハイブリッド車や燃料電池車など、さまざまな方法を残しながら脱炭素を進めようとしています。
そして、ここで注目したいのが「車そのものを全部変える」のではなく、「車に入れる燃料を変える」という考え方です。
今あるエンジンやガソリンスタンドなどを活かしながら、CO2の排出を減らせる可能性がある。そんな新しい液体燃料の開発が、日本でも進められています。
電気自動車だけでは、すぐに全部を変えられない理由
では、これから販売する車をすべて電気自動車にすれば解決するのでしょうか。
実際には、そう簡単ではありません。
今すでに道路を走っているガソリン車やディーゼル車が、ある日突然すべて電気自動車に入れ替わるわけではないからです。
車は一度購入すると長く使われます。さらに、充電設備の整備や車両価格、住んでいる地域や使い方によっても、電気自動車へ乗り換えやすい人と、そうではない人がいます。
特に地方では、車は単なる移動手段ではなく、買い物や通勤、通院など毎日の生活を支える存在です。
そこで出てくるのが、「今ある車をすべて捨てて新しい車に替える」のではなく、今あるエンジン車も活かしながら、使う燃料のほうを変えられないか、という考え方です。
その選択肢のひとつとして研究や実用化が進められているのが、次に紹介する「合成燃料」です。
CO2から「新しい燃料」を作るって、どういうこと?
ここで登場するのが「合成燃料」です。e-fuelと呼ばれることもあります。
仕組みを難しく考える必要はありません。
大まかに言えば、CO2と水素を原料にして、ガソリンや軽油のように使える液体燃料を人工的に作ろうというものです。
ポイントは、燃やしたときにCO2が出ない燃料ではない、ということです。
合成燃料も使えばCO2を排出します。ただ、その燃料を作る段階で回収したCO2を原料として利用することで、CO2の排出を実質的に抑えていこうという考え方です。
そして大きなメリットとして期待されているのが、液体燃料であることです。
現在使われているエンジン車や、燃料を運ぶ設備、ガソリンスタンドなど、すでにある仕組みを活用できる可能性があります。
つまり「車を全部新しくする」だけではなく、「今ある車や設備を活かしながら燃料を変える」という別の道が見えてくるわけです。
それでも普及が進まない「価格の壁」とは
理想的に聞こえる合成燃料ですが、大きな課題があります。それは製造コストです。
現在、合成燃料の製造コストは1リットルあたり500〜1,000円程度と言われています。通常のガソリンが1リットル170円前後(2024年時点)であることを考えると、3〜6倍もの価格差があるのです。いくら環境に良くても、この価格では一般のドライバーが日常的に使うのは難しいでしょう。
コスト高の主な原因は、製造に必要な大量の電力です。水素を作る電気分解には莫大なエネルギーが必要で、その電力が再生可能エネルギーでなければカーボンニュートラルの意味がありません。太陽光や風力発電のコストは下がってきていますが、それでも化石燃料と比べれば割高です。
トヨタとENEOSは、2030年までに製造コストを1リットルあたり100円台まで下げることを目標に掲げています。大規模な生産設備の導入と技術革新により、スケールメリットを効かせる計画です。しかし、それでも現在のガソリンと同等かやや高い水準。補助金なしで競争力を持つのは、まだ先の話かもしれません。
ここで興味深いのが、欧州での戦略です。EUは段階的にガソリン税を引き上げ、逆に合成燃料には税優遇を与える方針を検討しています。化石燃料の価格を政策的に引き上げることで、相対的に合成燃料を競争力のある価格にしようという発想です。日本でも同様の議論が必要になるかもしれません。
見逃せない「もう一つの新燃料」の存在
合成燃料だけが「新しい燃料」ではありません。実はもう一つ、急速に注目を集めている選択肢があります。それが「バイオ燃料」です。
バイオ燃料は植物や廃棄物から作られる燃料で、すでに一部のガソリンスタンドで販売されているエタノール混合ガソリンもその一種です。日本では「バイオディーゼル」として、使用済みの天ぷら油から作った燃料をバスやトラックに使う事例が増えています。京都市では市バスの一部がこの燃料で走っています。
注目すべきは「第二世代バイオ燃料」と呼ばれる新技術です。従来のバイオ燃料は食用作物(トウモロコシやサトウキビ)を原料としていたため、「食料と燃料の競合」という批判がありました。しかし第二世代では、稲わらや木くず、藻類など、食料にならない植物資源を使います。
ユーグレナ社は2025年に、微細藻類から作るバイオジェット燃料の商用製造を開始する予定です。この技術は航空機燃料だけでなく、自動車用燃料にも応用可能です。藻類は成長が早く、耕作地も必要としないため、食料生産と競合しません。
バイオ燃料の利点は、合成燃料よりも製造コストが低く抑えられる可能性があることです。すでに存在する有機物を原料とするため、水素製造のような大量の電力を必要としません。ブラジルでは国内で消費されるガソリンの約27%がサトウキビ由来のエタノールで、インフラとして確立しています。
本当の問題は「選択肢を残せるか」にある
ここまで見てきた「新しい燃料」の話は、電気自動車とエンジン車のどちらが正しいか、という話ではありません。
電気自動車が向いている使い方もあれば、長距離移動や地域の事情などによって、今あるエンジン車をすぐには手放せない人もいます。
大切なのは、一つの方法だけに決めてしまうのではなく、電気、ハイブリッド、そして新しい燃料など、状況に合わせた選択肢を残しておくことです。
合成燃料が注目されている理由も、まさにそこにあります。
日本の自動車メーカーも、「これからは全部EV」と一つに決めるのではなく、電気自動車、ハイブリッド車、水素、そして新しい燃料など、複数の方法を残そうとしています。
なぜなら、車の使われ方は人によって違うからです。
毎日の買い物に使う人もいれば、長距離を走る人、仕事で車を使う人もいます。住んでいる地域によって、充電設備などの環境も違います。
だからこそ、「どの車が勝つのか」ではなく、生活や地域に合った方法を選べることが大切なのです。
私たちの生活はどう変わるのか
では、実際に合成燃料やバイオ燃料が普及した場合、私たちの日常にどんな変化が起きるのでしょうか。
最も身近な変化が起きるとすれば、ガソリンスタンドかもしれません。
将来、合成燃料やバイオ燃料の利用が広がれば、私たちは「車を買い替える」だけではなく、「どんな燃料を使うか」を選ぶようになる可能性があります。
今あるエンジン車や給油設備を活かせることは、新しい燃料の大きな特徴です。
地方経済への影響も見逃せません。日本の多くの地域では、ガソリンスタンドが減少し続けています。過疎地では最後の1軒がなくなり、給油難民が生まれている地域もあります。EVへの完全移行は、充電インフラの整備が難しい地方をさらに不利にする可能性があります。しかし新燃料なら既存のスタンドを活かせるため、地方のインフラ維持につながるという見方もあります。
企業の物流も変わるでしょう。トラックやバスといった商用車は、一日の走行距離が長く、充電時間の確保が難しいため、EV化が進みにくい分野です。宅配便の配送トラックが新燃料を使うようになれば、「カーボンニュートラルで配送しました」というアピールができます。実際、佐川急便やヤマト運輸は、バイオディーゼル燃料を使ったトラックの実証実験を進めています。
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まとめ
ガソリン車は、本当になくなるのでしょうか。
今回見えてきたのは、「EVになるか、ガソリン車が残るか」という二択ではないということです。
CO2と水素などから作る合成燃料が実用化されれば、今あるエンジン車やガソリンスタンドなどの設備を活かしながら、CO2の排出を抑えていく選択肢が広がる可能性があります。
もちろん、価格や大量生産など、まだ解決しなければならない課題もあります。
それでも新しい燃料が注目されているのは、車だけを変えるのではなく、「燃料そのものを変える」という道があるからです。
これからの車は、「ガソリン車かEVか」だけではなく、どんなエネルギーを使って走るのかまで選ぶ時代になるのかもしれません。
ガソリン車の未来を考えるとき、見るべきなのは車だけではなかった。そこが、この新しい燃料を知ると見えてくる一番大きなポイントです。
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